せん妄
入院中に、私の誕生日がやってきた。
母は今月の初めに自分でノートに11月のカレンダーを書いて、そこに甥っ子と私の誕生日を赤ペンで目立つように記した。
今回の誕生日は母と過ごせる最後かもと思い、休みをとった。
ケーキを買って、お昼過ぎには病院に到着。
眠そうでウトウトしてるけど、車椅子でデイルームに行こうと誘うと、うん、と。
デイルームでケーキを食べるか聞くと、食べると言うので、出す。寝ながら食べる母。半分もいかずに完全に寝てしまう。ぼーっとしていて会話もままならない。
結局半分くらい食べたね。
ベッドに戻り、すぐに眠った。
あ〜眠れてよかったなと、一安心する。
それでも睡眠が浅く、夕方には起きてしまう。
眠いのに眠れない辛さを毎日毎日常に味わっている母。
母が寝てしばらくしてから、私も少し休憩しようと別室にいた。起きてないか見に行くのをちょこちょこ繰り返し、夕方にまた見に行った時に、ちょうど回診だった。
私はカーテン越しに話を聞いていた。
手足に力が入らないのは、薬でなおるんですか?の問いに医師は曖昧な返事をした。
その曖昧さに不安と苛立ちと悲しさを感じている母はすごく苦しそうだった。
がん患者とその家族は、最期までもしかしたら奇跡が起きて治るんじゃないかと希望を持っていると思う。
その感情に対してどう言葉をかけるか、とても難しい。
そして、廊下で医師の話を聞いている最中に、ベッドサイドで看護師さんに
どうやって諦めればいいの?と聞き涙を流していた。
その言葉で、頭を石殴られたような衝撃と、吐きそうな胃の気持ち悪さが襲ってくる。
医師は、せん妄という意識障害だと話す。
もしかしたら脳に転移しているかもしれないと言う。
今日は、会話がほとんど成立しなかった。
トイレに行った少しの時間に対して、どこに行ってたんだとひどく怒る。
あの人の面接だよ、あそこがなんだっけ
狭い意識の中で、現時点の思いではなくて、これまでの気になっていた出来事がごちゃまぜになって全てが現時点の出来事になっているような。混乱しているんじゃないかな。
そこに、自分がわけがわからなくなっているという気持ちがないことを願いたいけど、きっとあるんだろう。
脳転移だったらどうしよう。
この日はなかなか帰る気持ちになれなくて、22時くらいまで、母の隣でぼーっと付き添ってた。
毎年、誕生日にはメールとケーキとプレゼントをくれていた母は、カレンダーに赤く記した誕生日を忘れてしまっていた。